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YIDFF 2011 アジア千波万波
水手
ヴラディミル・トドロヴィッチ 監督インタビュー

よるべなき水夫の旅


Q: モノクロとカラーを使い分けるスタイルがとても印象的でした。

VT: 「彼女」が住んでいるシンガポールのパートにはモノクロを用い、主人公の水夫がバルカン半島を旅するパートにはカラーを使っています。

 シンガポールで「彼女」が過ごすのは、日常生活の時間です。仕事や税金の支払いに追われているようなせわしない現実を、女性の目線でドライに映し出すように努めました。撮影するにあたっては「女性は祖国を代表している」と大島渚監督が言ったことを思い出し、その言葉を意識しましたね。

 それに対して、バルカン半島の水夫が生きている旅の時間はとても自由なものです。水夫の視点で描かれたカラーの映像は、ファンタジーの世界を描くようにゆったりと穏やかに流れていきます。ここでは場面を短く割ることを避け、セルビアのオレンジがかった色調の光を画面に活かしています。

 このふたつの映像の対比にも気を使いましたが、白黒からカラーに切り替える時の繋ぎ方には細心の注意を払いました。観客が混乱をきたさないように、たっぷりと時間をかけて繋ぎの処理もしました。

Q: 監督はこのふたつの地についてどのような想いを持っていますか?

VT: 現在私はシンガポールで生活していますが、生まれはセルビアです。母国を離れ、長い間、国外で暮らしています。母国セルビアの独特な風景やユーモアを大切にする文化は、自分にとって大変重要なものだと思っていますが、久しぶりに帰国した時など私がもはや母国の人間ではなく、あたかも「外国人」や「旅人」になってしまったかのような感覚を覚えるようになりました。だからといって、他の国で暮らしたとしても私はその国の人間にはなることができません。もちろんシンガポールでも同様で、私はシンガポール人にはなれないのです。

Q: 「旅人」ではなく「水夫」という設定にしたことにも関係があるのでしょうか?

VT: 水夫というアイディアが生まれたのはまったくの偶然からです。ある日、友人と会う約束をしていたのですが、自分の服が汚れてしまっているのに気づきました。着替えるためにTシャツを買おうとお店に入ったのですが、その際にTシャツと並んで水夫のデザインが施された時計の置物が売られていて、それを見た瞬間、訳もなく強いインスピレーションを受けたのです。すぐ後で、友人を待つ間があったのですが、立ち寄った本屋で三島由紀夫の『午後の曳航』を目にし、ふたつの偶然の出会いが繋がりました。映画の中で水夫が旅をし、様々なものと出会ったように、私自身も偶然の発見に支えられてきたのです。

Q: 監督ご自身が体験された数々の偶然を、映画の中に垣間見たような気がします。

VT: この映画には自分自身を投影しています。先ほど話したようにシンガポールにおける日常、セルビアへの帰国の旅、その際に出会った人々から聞いた物語や民話などが、自分の中でひとつに繋がって作品が生まれました。水夫というモチーフとの出会いも、三島由紀夫との出会いも含めてです。『午後の曳航』に登場する主人公のことを今あらためて思い返しています。これまで自信を持ってやってきた仕事をやめたり、将来の夢を諦めてしまった時に、人はどうなってしまうのだろうか――これが本作品の骨子を成し、そして引き続き取り組みたい主題なのです。

(採録・構成:花岡梓)

インタビュアー:花岡梓、野村征宏/通訳:今井功
写真撮影:小清水恵美/ビデオ撮影:木室志穂/2011-10-09