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YIDFF 2007 アジア千波万波
我ら辺境に生きる
ケサン・チェテン 監督インタビュー

人間は運命・カルマと理性の二面性が共存している


Q: NGOから“橋”をテーマに依頼された作品だそうですが、“村人”を中心に撮影したのはなぜですか?

KT: 確かに“橋”があるからこそ依頼された作品ですが、比較的自由に作品作りができました。その中で、興行的にも成功し、人々の関心にも訴えかけるおもしろい作品にしたいと考えました。単にNGO団体へのリアリズムのみの映画にはしたくなかったのです。そこで、「橋を利用する・受け取るのは誰か?」と考えた時に、それは村人であり、彼らが住む村だと気づいたわけです。だからこそ、村人がメインになる作品にしました。山間のその村は、三方を川に囲まれ、川が氾濫する度に身近な人が亡くなってしまうほど厳しい深刻な状況にありました。子どもたちは毎日片道2時間かけて険しい山道を学校に通っていたのです。それらたくさんの“痛み”に対する解決策として、村人は橋に“癒し”を求めたのでしょう。また同時に物質的な面においても、生活の豊かさにかける期待は大きかったと思います。彼らはネパールの中でもタマンという大きな民族ですが、カースト制度の中では非常に貧しく、社会からも無視され続けてきた民族でした。しかし、橋によって社会に参加できる、豊かさを得ることができる、という意識を持てたのです。この地域は全体として仏教徒が多いのですが、文化的にも金銭的にも貧しいため、そこから得るものを実感できずにいました。また、貧しさゆえにシャーマンによる祈祷や奉納も出来ないのです。そのことが、村人たちの重荷であり不満にもなっていました。「自分たちは何もできない、何も得られない」という思いが強かったのでしょう。そんな中、「信じるすべての人々が救われる」というキリスト教の布教は、村人たちに自然に素直に受け入れられたようでした。勿論、単純に仏教とキリスト教をどちらか選ぶということではありません。時に信仰によって救われ、時に現実を実感する……。そう、人間は運命やカルマと理性の二面性を共存させる生き物なのです。

Q: “橋”は村人にどんな影響をもたらしていくのでしょうか?

KT: 貢献度という点ではシンプルでしょう。すべてにおいて、時間も距離も短縮するわけですし、気候の変化を気に病むこともなくなりました。物理的にもたらしてくれるものは多大です。生命が危険にさらされることが格段に少なくなったことも、まさに“癒し”に繋がっていると思います。加えて、自分たちで自主的に橋を完成させたことは、村人たちに“自分をコントロールする力・選択する力”を与えました。それは彼らにとって“人間として自分を力づけるパワー”になったに違いありません。しかし、地域や国の視点で見た場合、明るいことばかりとは言い切れません。ネパールは11年におよぶ戦争を体験し、湾岸戦争にも参加しています。社会的不安の要素がまだたくさんあるのです。だからこそ、完璧にハッピーエンドで明るい未来を想像するような作品で終わらせたくはありませんでした。ラストシーンを、霧がたちこめ水がにごった、不安を誘う映像にしたのはそのためです。理想や感傷ではなく、人間同士や心の葛藤を盛り込み、人々の個性のすべてを尊重した作品として感じてほしいのです。

 Dhanyabaad(ネパール語)、Thuje che(チベット語)、ありがとう。

(採録・構成:塚本順子)

インタビュアー:塚本順子、高島幸江/通訳:高橋安以子
写真撮影:金子裕司/ビデオ撮影:金子裕司/2007-10-08