ディヤーナ・エル=ジェールーディ 監督インタビュー
個性は多様化している
Q: 様々なキャリアのある監督が、初作品でこのテーマを選んだ理由は?
DJ: 大学での英文学専攻や、国際広告代理店での勤務経験の履歴についてはよく聞かれます。それは、あくまでも私にとっては、その年齢や環境において必要とされていたことをしてきたに過ぎないのです。幼い頃から映画が好きで、かつては女優になりたいという夢を持っていました。しかし、家族が厳格であり、その夢は果たせませんでした。けれども、映画に対する情熱は捨てきることはできず、何とか製作会社を立ち上げることができました。そもそも今回の作品は、オーストリア国立美術館主催の「女性・アラブ・イスラム」をテーマとしたイベントの為に制作したものです。個人的にも以前から興味を抱いていたテーマでもありました。女性にとって、結婚はひとつの変化ですが、子どもを育てることは、それ以上に大きな変化を意味しています。女性は出産によって、まず第一に「母親」としてすべてを包み込み、受け入れる役割を社会から決定づけられています。私自身、結婚はしていますが子どもはまだおらず、周囲から出産しない理由を質問されることも多いのです。登場する4人は、いずれも中流階級出身者で働く女性でした。現在立場の異なる彼女たちが、結婚すれば子どもを産むのが当然とされる社会的・宗教的風習に対してどのように感じているのか、等身大で語って欲しいと思いました。個性は多様化していることを伝えたかったのです。
Q: ご主人は今回の作品について、また、監督自身が働くことについてどう見ていますか?
DJ: プロデューサーでもある彼は、私にとって一番の理解者。今回の作品に関しても、むしろ私のほうが弱気になり、守りに入る姿勢になってしまったこともしばしばありました。そんな時でも、彼は力強く背中を押してくれました。私は彼によって成長し、強くなっていくことに喜びと安心感を得ています。出産については、女性だけの問題ではありません。現に既婚者は、男女に関係なく「結婚したなら産むべきだ」と言われます。だからこそ、私にとって彼は、絶対的なパートナーであり、価値観を共有できる唯一の存在でもあります。彼のお陰で、この作品が完成したといっても過言ではありません。女性をテーマに撮影した作品ではありますが、そこには映らない男性の姿もあることを感じて欲しいのです。社会は男と女で成り立つものですから。
Q: 人物が顔を出さないカメラアングルには理由があるのですか?
DJ: ふたつあります。ひとつ目は、女性の体の線を強調したかったから。胸から腹にかけては、特に“女として判断される部分”です。ふたつ目は、「子どもを産まない器は空っぽである」と世間から言われる事実を表現したかったからです。女性が器にたとえられるという認識は、イスラム社会に根強くあるのです。世界を見回しても、似たような社会は多いのではないでしょうか。今回映画祭で知ったことですが、日本において「壷=子宮」という解釈があるのには、興味を感じました。
Q: 次回作について教えてください。
DJ: イスラム教の衣装を身に着けた「バービー人形」のドキュメンタリー。そして、親世代と現代人とのジェネレーションギャップをテーマとした劇映画の2本を制作していきます。今回の映画祭は、観客としても大いに楽しむことができたし、刺激も受けました。あまりに興味ある作品が多すぎて、全部観られなかったことが残念です。次回もいい作品を持って、是非参加したいと思います。
Q: ドキュメンタリーと劇映画。制作していく上で気持ちの切り換えは難しくありませんか?
DJ: 子どもを産み育てることより、ずっと楽ではありませんか?
(採録・構成:塚本順子)
インタビュアー:塚本順子、橋本優子/通訳:カトリーヌ・カドゥ
写真撮影:小山大輔/ビデオ撮影:園部真実子/ 2005-10-11