黄庭輔(ホァン・ティンフー) 監督インタビュー
台湾という国、人々が抱える将来への不安
Q: タイトルには、何か特別な意味があるのでしょうか?
HT: 最初、『龍山寺の羅漢』『皮(Skin)』などを想定していましたが、諸々の事情で考え直し、『指月録』という仏教の一経典の題名と、最後の爪のシーンとを重ね合わせて決めました。ただ、タイトルはひとつの記号、単語に過ぎません。作品を見る人が、ひとつのイメージに限定されることなく、自由に想像を広げてほしいと思っています。
Q: 印象的な後半の爪のシークエンスは、どのような意図で撮影されたのでしょうか?
HT: もとの素材の段階では、爪はあれほど大きくなかったのですが、編集を重ねていくうちにだんだん大きくなってしまったのです。クローズアップを用いた理由としては、この映画は「現実」ではなく、ひとつの「作品」に過ぎないということを示したかったのです。爪も単なる一例に過ぎない。普段意識することのないささいな動作、皮膚をひっかいたり、指を曲げる動作のなかに、その人の内心、または心の動きが現れていると思うのです。
Q: 描こうとされた人々の心配・不安というものは、今現在台湾の人々を取り巻く環境に深く関係しているのでしょうか?
HT: 台湾はこの10年、国際社会における国家的地位の獲得をめぐって、政治的に混乱しており、大陸との統一派、独立派の間において、対立関係が続いています。そうした中で、人々は、将来この国はどうなってしまうんだろうと、非常に不安・焦りを感じています。ささいなことで興奮したり、熱くなったりする。こうした人々の心の面だけでなく、建設事業などの街の様子を見て共通していることは、将来にわたる長期的な考慮が欠けている、ということです。国家の主権の問題についても、大陸の発言権に左右され、自分のことを自分で決めることもままならない状況です。50年ぐらいの間隔で、統治者が次々に変わるという歴史もあり、台湾の置かれている不安定な状況は、こうした根の深いものなのです。
老人を多く撮っている理由というのも、もちろん寺に集まる人に老人が多いということもありますが、とりわけ、老人とは未来を思い描くことの出来ない存在だと思ったからです。将来への不安は、人間のもちうる不安の中でも最大のもので、それが、ちょうど今の台湾が抱えている、焦りや不安と重なるのではないかと思い、彼らを選びました。
Q: 老人たちの映像と、現代メディアを代表する音の断片の組み合わせや、柳、蟻の群れなどのショットが、印象的でしたが。
HT: 使った音は、現代社会の状況を象徴する音です。このような音は、社会から排除されているような、彼ら老人たちの耳には入っていない音なのかもしれませんが、現実としてそこにあり、その音に取り囲まれている彼らの状況を、両者を重ねることで表現したかったのです。また蟻などの活発にうごめく生き物と、彼らを対比させることで、生命の躍動感と、老人たちの静的な感じという対照性を、印象づけたかったのです。
Q: 次回作について教えてください。
HT: 檳榔(ビンロウ:噛むと口の周りが赤くなる実)売りの少女たちのドキュメンタリーです。35mmで、シュールリアリズム風のものです。この作品でも、体を露出した服を着て客を集め、短期間のうちになるべく多くのお金を稼ごうとする少女の姿を通して、台湾が今置かれている、短期的な視野で、過激な方法に走りがちになってしまう状況を、描こうと思っています。また今までの作品同様、人間が、ある空間的に限定された状況の中で、どのようにふるまうか、という主題を持った一作になるでしょう。
(採録・構成:畑あゆみ)
インタビュアー:畑あゆみ、御子柴和郎/通訳:秋山珠子
写真撮影:遠藤奈緒/ビデオ撮影:松永義行/2003-10-11