English
YIDFF 2015 やまがたと映画
無音の叫び声 木村迪夫の牧野村物語
原村政樹 監督インタビュー

この人を描けば、農村の中の普通の農家から見た日本を描ける


Q: 日本の社会全体が不安定で、皆が同じものを目指して進む時代ではなくなったと言われて久しい現代において、農民の姿を描き残す意義をどのように考えていますか?

HM: 僕は20代の頃に高畠町を訪れて以来、農民詩人である星寛治さんをはじめとする農家の人たちと30年ほどお付き合いをしていますが、農家の人たちは、都会の組織の中で生きている人と比べると人間としての知性に深いものを持っていると感じています。食べ物を作る営みは人間の根本的な部分です。農民は大地を自らの手で耕し食べ物を育てる営みの中で、自然がなんたるかの知識を得ています。「山に生かされて生きている」ということを実感しているのです。これは人間として非常に豊かと言えます。一方で、物質面で豊かになることを目指し競争社会でやってきて、良い学校に入り良い企業に入り出世することを良しとする価値観もありました。特に戦後の高度経済成長期以後は大量生産、大量消費で豊かになったと思い、驕っていた人々もいるでしょう。現代になって、日本の経済成長も行くところまで行き、物質は豊かになったものの本当に豊かだったのか、ということをわたしたちは問い直されているわけです。そのような中で、農村は今も共同体の中で皆が協力し合って生きていこうとする文化が残っています。もちろんそのような農村の文化にも良し悪しはありますが、そこから学ばなければいけないこともあるのではないか、というのも僕が農民にこだわる理由のひとつです。

Q: 過去の作品でも、山形県高畠町や福島県天栄村を舞台に農民の姿を描かれています。なぜ東北の農民を描こうと考えられたのでしょうか?

HM: 先にも触れたように、30年前に高畠町を訪れた時に農家の人たちと出会ったことが始まりです。天栄村に行ったのも高畠の遠藤五一さんという農家の方との出会いがきっかけですし、木村迪夫さんとの出会いも、星寛治さんからのつながりでした。

Q: 今作において木村迪夫さんを描こうとしたのはなぜでしょうか?

HM: 木村さんの書く詩はとてもリアルで優れていました。木村さんは戦争の問題を抱えていますし、戦後の悩み多き時代も歩んできています。その木村さんが書いた詩を年代順に追えば、日本の戦中戦後が裏側から見えてくると思ったのです。それから木村さんが持つ、これまで会った農家にはないような個性に惚れ込んだのもあります。「真壁仁・野の文化賞」の運営委員長を務めていた木村さんにはとてつもないオーラがあり、何百人もの聴衆を前に堂々と語る姿に僕は圧倒されました。ですが、別の機会に会いに行くと、普通の農家のおじさんと変わらずざっくばらんに話されるのです。ふたつの印象には落差がありましたが、木村さんはどちらも演じてはおらず素のままなんですね。普通の庶民でありながら勉強もしていて知識もあり、また、ひとりの農民でありながらゴミ屋をやったり出稼ぎをしたり、戦地へ遺骨の収集に渡ったりと、これほど多彩な経験のある人も数少ないと思うのです。その魅力もありました。農家の人の心には温かく深い精神性がありますが、普通はなかなか表現できないものです。しかし木村さんは詩という表現媒体で、普通の農家の人たちが心に秘めているものを伝えてきたと僕は思うのです。この人を描けば、農村の中の普通の農家から見た日本が見えてくるのでは、という思いがありました。

(採録・構成:薩佐貴博)

インタビュアー:薩佐貴博、諏訪渓樹
写真撮影:村上由夏、春山かほる/ビデオ撮影:大木成一朗/2015-09-10 山形にて