渡辺智史 監督インタビュー
心の豊かさを、再び
Q: この作品は長い時間をかけて撮影したものですが、どのような気持ちで制作をされていたのか、まずお聞かせください。
WS: この作品は単なる情報として作るのではなく、生身の人間がおいしい料理を食べて感動している顔や、人と人との心の交流が生まれる瞬間に立ちあいたい、カメラにおさめたいとの思いがありました。山形に実際に住んで、長い時間をかけて撮影をしたことで、当たり前のことですが、被写体との関係はすごく自然体になりました。そうすると、ただの情報としてのインタビューではなく、言葉に力がこもるんですよね。時間をかけたことによって、被写体から感じられるものが、全然異なるものになりました。種を守っている人たちは失われていくものに対する危機感をもっています。作物の生産がどんどん効率化されて、自分たちのやり方が時代に取り残されているのではと考えたりします。だからこそ、今、記録しておきたい。そして、自分の子どもにも伝えていきたいという思いがあるから、取材に応じてくれたのだと思います。
Q: 故郷である、山形を撮り続けているのは、どういう思いからなのでしょうか?
WS: 一番山形に対する思いが強かったのは、東京に住んでいたときです。大学時代に民族映像を記録していたんですが、学生だけで作品をまとめることになり、僕は率先して撮影に関わっていました。しかし、撮影にはすごく時間をかけて、いろいろな映像が撮れたのですが、編集がうまくいかず、結局、作品としてはまとまりませんでした。そのまま上京してしまったので、山形に何か忘れ物をしてきてしまったような気がずっとしていました。
Q: 故郷を撮ることで、自分の中のアイデンティティを確かめるといった意味はないのでしょうか?
WS: アイデンティティということは、よくわからなくて、あまり考えたことはありません。僕たちの世代にとってはすごく曖昧なものだと思うし、はっきりしたものはないと思います。僕はもしかしたら自分のことを、全然真剣に考えていないのかもしれません。ただアイデンティティというよりも、自分たちより前の世代を歩いている人たちが抱えている文化や生活観、生き方といったものが消えていくということを、一番はじめに山形の農村で撮影した時に感じました。その消えていくものは、僕らの世代にはまったくないものです。それを映像で撮りたいと思うし、せめて撮影の間だけでも同じ生活リズムを体感したいと思っています。心の豊かさといったものは、今はよく、つながりだとか絆といわれますが、すごくベーシックなものだと思います。社会や家族とつながっているといった安心感や、前の世代の人から受け継いできたことに対する誇りみたいなもの。でもそれは60年代、70年代に古臭いものだとみんな思ってやめてしまったんです。家族は個人を縛るものといって、学生運動をしていた人たちは、家族を顧みることなく、個人をつらぬいてしまった。家族は自由を妨げるものという考え方に、極端に傾いてしまったから、自分たちの文化やルーツを古臭いものとして押し込めてしまった。しかし、そういったものに価値を感じる人というのは少なからずいるんです。そういう人たちの行動は、忘れ去られた文化に価値を見出すときに、どういうやり方があるのかということに対する、ひとつの答えだと思うし、それがこの作品にも表れていると思います。
(採録・構成:広谷基子)
インタビュアー:広谷基子、野村征宏
写真撮影:堀川啓太/ビデオ撮影:岡田真奈/2011-10-11