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YIDFF 2011 ニュー・ドックス・ジャパン
(とな)る人
刀川和也 監督インタビュー

親子ではない、かけがえのない存在


Q: 映画を拝見し、両親が私を育ててくれたのは、“当たり前”ではないと気づきました。 以前から、子どもについての取材をされていたのですか?

TK: ぼくは アジアプレスに所属していて、フィリピンやアフガニスタンで貧しい子どもの現状を見ました。 帰国すると、子どもの事件の報道が多く、 鬱屈した感情や閉塞感を感じました。それで“教育”について取材したいと思いました。調べると、必ずキーワードに“家族”がありました。そして、児童養護施設で、家族のような暮らしをする「光の子どもの家」の20年の記録を書いた本に出会い、興味をもちました。

 取材して感じたのは、“家族”というと血の繋がりと思いますが、それだけではない。関係がギクシャクしてもどこかで相手を手放せない、“かけがえのない”存在と相手のことを感じられるのが家族と思います。

Q: 『隣る人』という題名は、どういう意味ですか?

TK: 「光の子どもの家」施設長の言葉ですが、子どもたちが施設へ来た時には、衝突したりいろいろあります。でも、それを悩みながらも、逃げずにそこにいる。べったり寄り添うのではなく、隣にいて存在を丸ごと受けとめる人という意味です。

Q: 「光の子どもの家」は、どういう所ですか?

TK: あそこには5つグループホームがあり、基本的に、1人の保育士が5人の子どもを担当します。他の施設の多くは、数十人の子どもが男女に分かれて暮らし、職員も交代制だと思います。あそこのように、2歳から18歳までの子どもが、男女混合でひとつ屋根の下で生活する形は、 他にないと思います。

Q: 職員の人は、情がうつりますよね?

TK: 職員と子どもの関係の濃さは、担当した時期や、子どもの事情で違います。2歳から担当した子の留学の費用を出した人もいます。それがいいかは別として、そういう行動は、職員と施設の子どもという関係を越えていますよね。つまり隣る人というのは、こういう関係になりうることを、 撮りたかったんです。 職員は何度も人生の決断をしてきているんだろうなぁと思います。

Q: 職員も、事情ができて辞めざるをえない時がありますよね?

TK: とてもつらい別れになります。子どもたちがママって呼びますが、呼ばせてるのではないんです。子どもによってママと呼ぶ子もいれば、名前を呼ぶ子もいます。 子どもは、自分の中でいろんな格闘をしながら、呼び方を変えるんでしょう。ママって言うのは、私から離れないでというアプローチでもあり、ママと思っているというアピールかもしれない。それだけ近しい関係だという表現なのかもしれません。

Q: 職員に抱きつく子が多いですね。母性を求めてるのですか?

TK: 逆説的ですが、はじめて来た人に突然抱っこをねだる感じです。親が育てている子は知らない人が来たら親の後ろにかくれるでしょう。それだけ大人を奪いあわざるをえないことがあったのかなぁと思うんです。抱きしめるっていう単純なことですが、とっても大切なことのように思えて、そういう編集にしました。

(採録・構成:楠瀬かおり)

インタビュアー:楠瀬かおり
写真撮影:柴田誠/ビデオ撮影:柴田誠/2011-09-22 大阪にて