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YIDFF 2011 アジア千波万波
私たちは距離を測ることから始めた
バスマ・アルシャリーフ 監督インタビュー

距離を感じ続けること


Q: 監督は今、どこにお住まいなのですか?

BA: その質問は今の私にとって、とてもおもしろい質問ですね。私はパレスティナといういろいろと問題がある国に生まれましたが、人生の大部分をシカゴで過ごしてきました。これから先、シカゴに住み続けるかはわかりませんが、今はシカゴに住んでいます。この作品では2008年のはじめにカイロへ行き、 今年の7月にシカゴに戻ってきたばかりなのです。中東の中心にずっと住んでいる人と私の考え方は違うと思いますが、私とパレスティナの問題とを、どう関連づければいいのかわからないまま育ってきました。政治的な問題は、新聞にもとりあげられているけれども、どう理解すればいいかわからなかったのです。映画を作ることで、この理解できないものを理解したいという気持ちで作りはじめました。

Q: スクリーンを持って、そこに都市の距離が表示される場面がとても印象的でしたが、監督はどのような考えでこの作品を作ったのですか?

BA: この映画は映像や音楽や都市間の距離などの情報がたくさん入っているのですが、これは一体どこなのか、これは誰なのか、ということが分からないように作りました。映画監督だけでなく、ビジュアルアーティストとして作品を制作しているので、映画としても成り立つけれど、そうでない作品としても受け取れる作品にしたいとも思っていました。この作品の距離を測っている場所は、政治的な問題がおきた都市を選び、その距離を測っています。しかし情報としての距離だけでなく、政治的なニュアンスとしての距離も伝わっていると思います。また、ナレーションが語りかけるように話をしていますが、誰に向かって話しているのかもわからない。使われている映像が良い出来事なのか、悪い出来事なのかもわからない。誰かが主観的に発言していくということはしたくなかったのです。観ている人、ひとりひとりが自分のことと結びつけて考えられるような作品になったと思っています。パレスティナという具体的な都市を扱っていますが、私が作る作品は観る人の文化がなんであれ、誰が観ても理解し、共感できるものにしたいと思っています。

Q: だからタイトルが「私は距離を測ることから始めた」ではなく「私たちは」となっているのですね?

BA: その通りです。私自身も、アイデンティティはひとつだけかと言われるとそうではありません。パレスティナ、エジプトなど、いろいろな境界線はありますが、1カ所以上の所に住んでいる人も多いし、文化もまざりあってきています。私は、日本に来たのは今回がはじめてですが、なにもかも驚きだったかというとそうでもありません。グローバル化が進み、多くの人がひとつのグループや国への帰属意識やひとつのアイデンティティだけではなくなっています。私が作りながら実感したことは、自分と世界との距離感を考えることをこれからも試みていかなければならないのだということです。パレスティナやイスラエルだけでなく、どんな場所でもそれは同じことだと思います。エジプトでも制作していましたが、「ここがホームだ」と実感できる所はないということに気づきました。どこに行っても、知らない所と自分との距離はどうなっているのだろうと考え続けることが大事だと思っています。

(採録・構成:飯田有佳子)

インタビュアー:飯田有佳子、野村征宏/通訳:木下裕美子
写真撮影:田中美穂/ビデオ撮影:市川恵里/2011-10-08