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YIDFF 2009 アジア千波万波
ハルビン螺旋階段
季丹(ジ・ダン) 監督インタビュー

ドキュメンタリー作りは修行なり


Q: 監督さんが、故郷のハルビンを記録するにあたって、このような切り口を選んだ理由は?

JD: 最初は、インタビューしたり街角の風景を撮ったりして、「我々の若い頃の夢は、どこに行ってしまったのか」を問いかけるというテーマ設定でした。しかし、いざ撮り始めると、私は主人公たちが生きている現実に、自分が吸い込まれたように感じました。そこには、私が知らなくて経験もできなかったことがたくさんあります。たとえば、子どものいない私は、中年になった彼らと子どもとの関係について、とても興味を持っていました。彼らは私の同級生でしたが、昔の同級生の今の様子について知ることができるのは、だいたい同窓会のような社交的な場所です。でも、そこで聞ける話はごく表面的なものです。私は、それより彼ら生活の内部まではいって、彼らがいったいどのように暮らしているかを知りたかったのです。

Q: 作品の中に登場した主人公のおふたりは、幼い頃の友人だそうですが、監督さんご自身と共通する点について、教えて頂けないでしょうか?

JD: 私は北京の大学で学び、日本にも留学しました。当初は、彼らと離れた環境にいる自分がとてもラッキーだと感じて、もう二度と彼らと同じ生活環境に戻りたくないとさえ思いました。それから長い間、彼らとは連絡を取らず、彼らの生活状態についてもまったく知らないままでした。しかし、中年になって、様々な困難にぶつかり、絶望的になった時期がありました。こうやって彼らと再会してみて、彼らが置かれた状況、彼らの気持ちを心から理解できるようになったのです。彼らとは、歩んできた人生の軌跡は違うかもしれませんが、結局似たような悩みを抱いているのかもしれないですね。

Q: 撮影する中で、監督さんご自身に変化が起こりましたか?

JD: 一番大きいのは、彼らの暮らしを近くで見て、心の底にあった彼らを軽視する気持ちがなくなったことですね。昔の自分は彼らの生活ぶりを見て、もう希望が無い、無意味だと正直思いました。しかし、今はそうではなく、人それぞれが豊かな存在であり、みんな自分の道を精一杯歩いているのだな、と考えるようになりました。監督という仕事は、人というものをもっと知り、人に対する偏見や差別、心の壁を取り払う仕事でもあると思います。ドキュメンタリー作りは修行であり、同時に自分もいろんな意味で作られる気がします。

Q: 日中間の映画交流の未来に対して、どのような思いをお持ちでしょうか?

JD: 日本に留学した時、私や馮艶(フォン・イェン)はアジアプレスの野中章弘さんに出会い、ドキュメンタリーを制作する時、多大な支持と励ましを頂きました。そして山形映画祭は、私が映画作りを覚えた場所と言っていいほどです。多くの中国のインディペンデント・フィルムメーカーにとっては、山形に来るのが一番の夢です。山形映画祭東京事務局ディレクターの藤岡さんが北京に来てくれた3週間、私たちは中国映画界の閉塞状況から救われた感じがしていました。今、中国でも雲之南紀録影像展(YUNFEST)のようなものが増えて、日本のドキュメンタリー作品もしばしば上映されたりして、温かい繋がりができています。こうやって、小さなことが少しずつ積み重なって、大きなものができあがった感じがします。山形は、私たちにとって故郷のような存在で、帰ってくるたびに、心が満たされる安らぎの場所です。ぜひ今後も続いていってほしいと思います。

(採録・構成:解明明)

インタビュアー:解明明、遠藤暁子
写真撮影:一柳沙由理/ビデオ撮影:佐々木智子/2009-10-11