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2001-08-07 | 亀井文夫特集に寄せて

『伊那節』『無頼漢長兵衛』はどこへ行った?


 土本、小川全盛の時代に育った者として、亀井はすでに過去の監督であり、亀井作品を同時代に見て感銘を受けた経験がなく、メディアが「反戦映画作家」とのレッテルを貼っていたためか、どうも胡散臭い監督とのイメージが強かったのが実状で、矢野事務局長による亀井特集の発案に戸惑ってしまった。

 これまでの山形国際ドキュメンタリー映画祭でも、日本ドキュメンタリー のレトロスペクティブ部門や「日米映画戦」などの企画で過去にいくつかの作品を上映した。『戦ふ兵隊』『小林一茶』『生きていてよかった』『流血の記録・砂川』『世界は恐怖する』『人間みな兄弟』などを見直すと、日本にも心ある偉大な映画作家がいた事実を実感できるが、いろんな文献で知る亀井はあまりにも偉大すぎて、とても私などの近づける相手ではないと思い、現在まで真剣にフォローしていなかった。亀井が亡くなる直前・直後、私たちが亀井の存在を完全に忘れていた頃、突如としてクローズアップされ話題となった作品に『トリ・ムシ・サカナの子守歌』があった。関西では十三にあるサンポード・アップルシアター(第七藝術劇場の前身)で公開され、あの亀井がどんな名作を作ったのかと興味本位で見に行ったが、映画の中でお説教を延々と聞かされ辟易したことがあった。

 この映画祭で、日本のドキュメンタリー映画を代表する大物監督・亀井文夫の軌跡を辿ることは、宿命とも言えるものであり、どうせやるならできるだけ多くの作品を集め上映しようということになった。今年、亀井に傾倒していた監督・楠木徳男が突然亡くなり、近代映画協会の能登節雄が逝くなど、過去について語れる人材がだんだんと少なくなってきた。すでに亀井を検証するには遅すぎるが、現時点での可能な範囲で研究素材を提供できるよう、また面白く見ていただけるようプログラム構成に尽力している。これを契機として亀井の再評価が芽生えれば嬉しい限りである。

 長いブランクと思っていた時期に多くのPR映画を撮っているのは何故なのか?社会主義に傾倒した亀井が、なぜ資本のための映画を作るのか?あれだけ優れたドキュメンタリー映画を生んだ作家が、何故スポンサーのうるさがた相手に無駄な神経をすり減らす必要があるのか?などなど、さまざまな疑問が浮かび上がってくるのと同時に、理想だけでなく現実的な側面も垣間みて、より親しみ深い監督像が浮かび上がってきた。

 ドキュメンタリー映画以外の分野では、劇映画をはじめ、教育映画、PR映画などの分野で、ミュージカルあり、エロティシズムあり、難しいことはさておいて観客の喜ぶ楽しい映画を作っているのが面白い。亀井が編集した中村正也の『モデルと写真家』や、鴨居洋子の『女は下着で作られる』は、亀井の一側面を示す娯楽映画であり、息抜きのつもりでお楽しみいただきたい。『亀井文夫・自身を語る:昨日の映画製作を語りあう会の記録』は、1983年に亀井を囲んで催された講演付パーティの記録で、伊藤武郎が聞き手となって亀井が自作について大いに語る珍品。劇映画は、一般的にあまり評価されていないようだが、若き日の山田五十鈴や岸旗江らが熱演をふるい、作家の使命感が溢れる映画黄金時代ならではの力作だと実感できる。今日的視点で観ると、劇映画もまた戦後の一時代を描いたドキュメンタリーではなかったのだろうか。上映に当たっては、『砂川の人々』『軍備なき世界に』など、いくつかのニュープリントも用意。上映日までに その他の作品も発掘したいと考えている。

 亀井との縁深いカメラマン・菊地周、亀井の娘婿で日本ドキュメント・フ ィルムの阿部隆、亀井を敬愛する映画史研究家・牧野守、幻の『北京』を発見したミシガン大学助教授・阿部マーク・ノーネスなど多彩なゲストを迎え、「反戦映画作家」の一側面しか語られなかった亀井の人間像を、さまざまな角度から捉え、その全貌を明らかにしたいと考えている。

 プログラムは亀井の様々な側面を垣間みることができるよう構成するつもりだが、まだ完全にフィックスされていないので、発表は今後に譲るとして、上映予定作品は次の通り。10月4日から8日の期間中、山形駅前にオープンしたシネコン・ソラリス3で亀井三昧を楽しんでください。

 

1) 戦後ドキュメンタリー映画
『日本の悲劇』
『基地の子たち』
『砂川の人々』
『麦死なず』
『生きていてよかった』
『世界は恐怖する』
『鳩ははばたく』
『流血の記録・砂川』
『荒海に生きる』
『人間みな兄弟』
『軍備なき世界に』
『みんな生きなければならない』
『トリ・ムシ・サカナの子守歌』など

2) 劇映画
『母なれば女なれば』
『女ひとり大地を行く』

3) PR映画
『いのちの詩』
『日本の建築』
『アイディアに生きる』
『虹を編みましょう』など

4) 戦前作品
『ハイキングの唄』
『姿なき姿』
『富士の地質』
『制空』
『上海』
『北京』
『戦ふ兵隊』
『信濃風土記より・小林一茶』など

5) 参考上映
『女は下着で作られる』
『モデルと写真家』
『人間よ倣るなかれ』
『亀井文夫・自身を語る:昨日の映画製作を語りあう会の記録』(ビデオ)

 

 この中に入っていない『信濃風土記より・伊那節』『無頼漢長兵衛』の2本は、ぜひ上映したいと思うが、今日まで四方八方、手を尽くしてもプリントが見あたらない。『伊那節』は、長野県の観光映画、もしかして長野県のどこかに眠っているかもしれないと、スタッフのひとりが長野県へでかけ、伊那市まで足をのばして探してみたが、手掛かりなし。東横映画『無頼漢長兵衛』は、もしやして東映に眠っているかと期待したが、東映も「あったら 欲しい」との返事。読者のみなさん、フィルムを探してください。上映日までに見つけて山形まで持参してください。交通費、宿泊費は私が責任を持ちますのでよろしく。映画祭にタダで参加できるチャンスですぞ!

(安井喜雄・「亀井文夫特集」コーディネーター)