畠山容平 監督インタビュー
風景写真にうつる、人々の声
Q: おふたりの間には強い信頼関係があると、この映画を観て感じました。畠山直哉さんは、監督が通われた学校の先生だったとお聞きしています。師弟関係にあったおふたりが、映画制作というかたちでつながったきっかけを教えてください。
HY: 20年ほど前に通っていた学校で、僕は直哉さんの写真の授業を受けていたのです。その時の熱心な教え方がとても印象的で、人として、当時から尊敬していました。直哉さんにとっては、教職をスタートした最初の生徒のひとりとして僕が印象に残っていたようで、それ以来プライベートでも関係が途切れず、仲良くさせていただいていました。
2012年の1月にお会いした際、直哉さんが僕に「写真ではない方法で、震災のことを表現したい」とおっしゃったのです。それから、行動をともにする機会が増え、陸前高田に集会所をつくる「みんなの家」というプロジェクトにも、直哉さんが写真、僕がビデオ担当で参加しました。
直哉さんはその後、写真集『気仙川』を出版してもなお、陸前高田を撮り続けていたんですね。被災地で黙々と風景写真を撮り続けていることに感銘を受けて、この活動を映画としておさめたいと思いました。
Q: 震災が起きる前と後で、畠山さんが撮影する写真はどのように変わったと感じましたか?
HY: 新しい表現を徹底的に追求してきた人が、テクニックにとらわれずに、目の前の風景をそのまま写真におさめようとしている。そんなふうに感じました。
直哉さんは、西洋の理論を実践してきた人で、今まで撮ってきたものが西洋画的世界とすると、震災後からはそこに日本画が混ざってきたような印象を受けました。
Q: 畠山さんが陸前高田の人たちとじっくりお話をされている様子には、写真家・畠山直哉氏だけでなく、被災者のひとりとしての姿がありました。畠山さんのそういった側面に対して、どのような意識で撮影をされたのですか?
HY: 陸前高田での直哉さんは、その日に写真を撮るかどうかも決めずに、様々なところへ行って、人と話をするのが通例でした。僕もそれに影響を受けて、事前に計画を立てずに撮影することを大事にしました。
写真を撮っていないときの直哉さんのこの行為が、写真につながっている。そう感じたとき、この映画はこれでもういいんじゃないかと思いました。
被災地の方だけでなく、直哉さんも悲しみや葛藤を抱えているはずですが、それはなかなか映せないものです。だからこそ、情報を与えて考えてもらうというよりは、観て何かを感じとってもらえるような映画にしたかったのです。
Q: タイトルの『未来をなぞる』には、どのような意味が込められているのでしょうか?
HY: 直哉さんが、ある建築写真について書いた「線をなぞる」というエッセイがあります。僕には、そのなかで綴られている言葉が、直哉さんの大切にしている写真論の核心だと思えました。そこで受けたインスピレーションを、この作品に照らし合わせてコンパクトにまとめると『未来をなぞる』になりました。
(採録・構成:石沢佳奈)
インタビュアー:石沢佳奈、狩野萌
写真撮影:佐藤寛朗/ビデオ撮影:加藤孝信/2015-09-26 東京にて