アオリ 監督インタビュー
イルカとの出会いから
Q: この作品のイルカの裁判の道筋はとても過酷で、ときに彼女と一緒に涙しましたが、彼女が迷いながらも進んでいく様子に勇気づけられたのも確かでした。イルカとの出会いについて詳しく教えてください。
A: 今にして思えば、あのとき彼女は誰かに話を聞いてほしいと考えていたのだと思います。人は、失恋しただけでも心が痛いですよね。それ以上に大きな傷を彼女は抱えていて、でも話す人がいない、ちょうどその時期だったと思うのですね。彼女だけでなく、性暴力の被害者たちはとにかく慰めてほしいのです。イルカはカメラを相手にいろんなことを話し、私はカメラ側から聞いて、それをまとめて作品に込めました。彼女にとっても、話せる空間ができたというのはとてもよかったですし、この映画の中で話すことによって、彼女の心の傷も癒されていったと思います。
Q: この作品を見終わった彼女の感想は?
A: この作品ができあがったとき、彼女に単独で見せました。というのは、彼女が後になって、ここはいれてほしくないと考える場面があるかもしれないと思ったからです。人って結構変わるものじゃないですか。私自身もそれを予想して、編集の段階でここはどうかなと考えながら調整したつもりでした。
彼女は、最初はすごく面白いと言って見てくれたんですけど、突然、母親の証言のところで泣き出してしまいました。普段楽しく過ごしているときも、母親の話が出るとすごく落ち込んでしまったり、感情を抑えられなくなってしまいます。それからソウル女性映画祭で観客と一緒に見て、Q&Aにも参加してくれました。やっぱり観客の方々は「今は大丈夫ですか?」というようなことを聞きます。それに対して彼女は「私も同じくらいの年代の韓国の若者とまったく変わりません。大学や恋愛の心配をしたりしています。ただ、追加で他の心配がもう1つあるだけです」と答えました。そこでは、彼女がとても話をするのがうまく、素敵だったことに驚きました。
Q: 赤いレインコートや、タイトルの狼の絵は赤ずきんの物語を連想させますが、監督は赤ずきんの物語に何か象徴的な意味を見いだしているのでしょうか?
A: 当初は、赤ずきんのモチーフはまったく考えていませんでしたが、最後の撮影の漢拏山という済州島にある山に登るときに、イルカが赤いレインコートを着てきました。それを見た瞬間「あ、これだ」と思いました。ただ、普通の赤ずきんちゃんではなくて、本当は怖い赤ずきんちゃんバージョンです。元々童話って残酷ですよね。私が知っている残酷バージョンの赤ずきんちゃんは、両親も同意したうえでひとりの少女が生け贄として捧げられてしまう、というお話です。その話を思い出して、今回の作品に似ているなと思いました。結局、家族を助けるために誰かが犠牲にならないといけなかったわけですよね。生け贄として娘を差し出すことにした母親と、イルカの母親が重なりました。その時からこのモチーフを考えるようになりました。
イルカは今20代なんですけど、たびたび「7歳の頃に戻りたい」と言います。当時の自分は何も言えなかったけれど、もし7歳の時点で、現在のように父親の行為が性暴力だということを認識していたら、「お父さん、こんなことしちゃダメですよ。これは性的暴力であって、法律に訴えますよ」ということを言える。だから7歳に戻りたいと。それを聞いて、彼女はまだ7歳の時の心の傷をずっと抱えたままなんだなと思いました。
(採録・構成:木室志穂)
インタビュアー:木室志穂、原島愛子/通訳:根本理恵
写真撮影:キャット・シンプソン/ビデオ撮影:石沢佳奈/2015-10-13